清風萬里 全国大井田同族会

鎌倉攻め、天狗回状、稲村ケ崎の不思議(大井田氏の歴史)

(1)新田義貞旗あげのようす、天狗回状のこと。

 元弘3年(1333年)5月8日、新田義貞は、自分の領地にある生品神社前で、幕府討伐(兵を送って従わない者を攻め討つこと)の旗あげを行いました。このとき従った人々は、近くの親族で、僅か150騎にも足りませんでした。このとき、兵士たちはみんな、「これだけの軍勢では不安だ」と思っていました。

 ちょうどその日の夕方に、利根川の方から馬に乗り、鎧甲を着た姿もさっそうと、2千騎ばかりの軍勢が、砂煙りを上げて現れました。「スワ敵兵か」と、一同目を皿のようにして族印を見ると、これは敵ではなく、越後(新潟県)の国の一族で、大井田・里見・鳥山・田中・羽川らの援軍でした。

 越後から上野(群馬県)の国まで、150kmをまっ先に駆けつけて来たこれらの軍勢をみて、義貞は非常に喜び、質問しました。「このたびのことは、かねてより計画はしていましたが、昨日や今日の事とは考えていませんでした。挙兵のことは、急に決意する事情ができたので、お知らせすることもできなかったのに、ご一同はいったいどうしてこの挙兵を知られたのか」と。

 すると、大井田経隆は、鞍の上で威儀を正して答えられました。「天皇の命令により、重大な戦を思い立たれたと、お聞きしなければ、どうしてこのように大急ぎでまいりましようか。実はさる5日に、使者と名のる一人の天狗山伏が、一日のうちに越後の国中を触れまわって通りましたので、夜を日についで大急ぎでまいりました。我々の他にも、明日には、援軍がぞくぞくと到着することでしよう」と。

 それを聞いて、新田義貞はおおいに喜び、「これひとえに八幡大菩薩のご加護(神仏が力を加えて護ること)である」とおっしやったので、士気(兵士の意気ごみ)もおおいに上がりました。まもなく、甲斐(山梨県)・信濃(長野県)らの援軍も参加し、その数5千騎あまりになりました。

(2)稲村ケ崎の不思議

 翌日の5月9日、勇気百倍した新田軍は、まっすぐに鎌倉をめざして進軍しました。途中、上野(群馬県)・下野(栃木県)・上総(千葉県)・常陸(茨城県)・武蔵(埼玉県・神奈川県ほか)ら関東の兵士たちもぞくぞくと参加して、その数20万7千余騎もの大軍となりました。

 11日小手指原、17日分陪河原と幕府軍を連戦 連破して、まっすぐに鎌倉をめざしました。

 鎌倉に到着した新田軍は、全軍を三つに分けて攻めることにしました。わが妻有郷の大井田軍は本陣に加わり、21日夜、稲村ヶ崎に向かいました。月明かりで敵陣を見ると、砂浜は狭く、そのうえ波打ちぎわまで逆茂木を厳重に引き巡らし、海上には大船を並べ、船上には櫓を作って、横から弓矢を射かけようと待ちかまえていました。これでは新田軍は、釘づけにされて進むことはできせん。

 大将義貞は、これを見て馬からおりられ、兜をぬいで、海上のはるか遠くを伏しおがみました。「内海外海の龍神様よ、仰ぎ願わくは、この潮を沖遠く退け、道を開かせたまえ」と真心をこめて祈り、自ら差しておられた黄金作りの太刀を抜いて、海中に投じられました。

 この願いを龍神様が、ほんとうにお聞き入れになられたのでしょうか。22日の明け方になると、見る見るうちに潮が干あがり、砂浜がひろびろと横たわりました。これまで稲村ヶ崎では、このように潮のひくことなどなかったことでした。

 これをご覧になった義貞は、「これは天のあたえ、神のご加護ぞ、いざ進め!」と命令しました。勇気百倍した新田軍[江田・大館・里見・鳥山・田中・羽河(羽川)・山名・桃井はじめ、越後・上野・武蔵・相模(神案川県)の軍勢など]6万余騎は、遠干渇を(遠方まで潮のひいた遠浅のところ)真一文字に、鎌倉の町中へ攻めこみました。

 これによって北条一族は滅亡(滅びること)し、140年あまり続いた鎌倉幕府は滅びました。そして、建武の新政が実現したのでした。

 歴史の流れを大きく変えた出来事に、わが妻有の大井田氏一族が深く関係していたのです。

(注)逆茂木(さかもぎ)

 鹿の角のような茨の枝などを逆さに立てて地面に差したり、垣根のようにして、敵の攻撃を防いだ施設。臨時の城などには必要とされたもので、この時代を通じて長く使用されました。自分たちが攻げきするときは簡単にはずすことができ、一時的に敵の進行を食い止め、その間に自分たちの攻撃体制を整えることができたといわれています。

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